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自動にしない、わけ

「私、自動にしないの」
夫を亡くして一人暮らし歴14年の幸子さん。

「あら、私もよ」
まだ3年だが,やはり夫を亡くし一人で暮らす道代さん。

「え~、私もそうそう」
 結婚しないで生きてきた喜美代さんも声をそろえた。

こんな会話で、皆がいっせいに沸き立った。
ある日の墓友たちの語りあいでのこと。

何も解説しなくても、この言葉の裏に、みなが共通して想定する世界があるのだから、すごい。
これって、何の話かおわかりだろうか。
実は、これはお風呂の沸かし方である。
「自動」ボタンを押すと、例えばお湯の温度を41度に設定しておけば、一度お湯が沸いた後もその温度をキープし適温をずっと保ってくれる。自動にしなければ、お湯が沸いたらスイッチを切って、もしお湯が冷めてしまったら「追い炊き」のスイッチを入れて温め直すというわけだ。

「だって自動なんていやですよ」
「いや、いやね」

なぜいやなのか。想定している情景とは、このようなものである。
自宅での死亡では、入浴中にというケースが多い。もし浴槽の中で心臓発作でも起こせば一人暮らしでは助けに来てくれる人もなく、亡くなる可能性も相対的に高い。発見だって遅れる。だとすると、自動にしておいては、お湯の温度は下がらず、遺体はずっと温められたまま。これでは腐敗が進み発見されたときの状況が怖い。誰も言わないが、誰の脳裏にもそのことが想定された会話なのである。

「お風呂から出るころには、お湯が少し冷めてしまうけれど、我慢して自動にはしないで入っているの」
「私は、なるべく昼間に入るようにしている」
「昼間に入ったからといって、ひとりなんだから、誰も助けに来てくれないことには変わりないじゃない」
「夜よりはいいような気がして」

こんな会話が、半ば笑顔で、しかも威勢よく続いた。

「死ぬってことを、こんな風に話しあえるのがいいわよ」
「ほかに友だちはいるけど、こんなことなかなか話し合えないですからね」

お風呂に入るとき「自動にしない」は、話してみたら何人かの一人暮らしの人はみな同じだった。そのことに「え~」と、びっくりしながらも「私もそうそう」と参戦。不安をかたわらに生きる孤独な作業の中での工夫。「そうしているのは私一人じゃなかった」と、困難な同じ時代を生きる仲間意識がまた深まった。

ちなみに東京救急協会の調査(「入浴事故防止対策調査委員会報告書」2001年)によれば、入浴中の死亡事故は年間約1万4,000人と推計されている。なんと交通事故死(年間約10,000人前後)よりも多いのだそうだ。入浴中の急死・急病の原因は、心肺停止、脳血管障害、一過性意識障害(失神)、溺水・溺死で、冬期に多く、昼よりは夜に多く、かつ寒冷地に多い。また心肺停止は、人目の多い公衆浴場では発生してなく、自宅浴室で起こるケースがほとんどであるという。浴室の中でも浴槽内の発生が76%、洗い場18%、脱衣所が4%。7割が70歳以上である。しかも日本に多い。シャワーが中心の欧米では極めて少ないのだそうだ。熱い湯を溜めた浴槽にゆっくりつかる日本特有のお風呂の入り方がそうさせている。

脱衣所と浴室の温度差がひらかないように気を付ける、同居家族がいる人は家族に入浴開始を知らせてから入る、ということは意識して実行している人は多いだろう。ただ死んだ後の遺体の腐敗の心配までしているとは、それも何人もの人が工夫していたとは、驚かされる。さすが、墓友!

(本文中の登場人物は仮名、実話をもとに創作した文です)井上治代
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井上治代プロフィール

井上治代
東京都世田谷区在住。東洋大学ライフデザイン学部教授(社会学博士)として、生死の社会学、いのちの教育、家族の社会学、ジェンダー論、世代論、地域研究法、フィールドワーク実習、生死学の授業を担当し、同大学大学院・福祉社会デザイン研究科福祉社会システム専攻に所属して院生の指導に当たる。またエンディングデザイン研究所を立ち上げて研究活動を行うとともに、尊厳ある死と葬送の実現をめざした認定NPO法人エンディングセンターの理事長として、「桜葬」や「死後サポート」「講座開催」など市民団体の活動を続けている。
 ・東洋大学ライフデザイン学部教授(社会学博士)
 ・NPO法人 エンディングセンター 理事長
 ・エンディングデザイン研究所代表
 ・ノンフィクション作家(著書紹介)
プロフィール

NPO法人 エンディングセンター

Author:NPO法人 エンディングセンター
尊厳ある死と葬送の実現を目指す市民団体「NPO法人 エンディングセンター」理事長。2005年に桜の下に眠る樹木葬『桜葬』を立上げ、お墓を核とした「墓友」コミュニティーを展開中。

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